【イベントレポート後編】医療クラウドセミナー『診療をアップデート 医療業界でクラウドを活用するためのベストアンサー』

2020年2月13日、クラウド型電子カルテ「CLIUS」を提供する株式会社Donutsが開催した、医療クラウドセミナー『診療をアップデート 医療業界でクラウドを活用するためのベストアンサー』。

本記事では、「医療ITの追求」をテーマとした、以下の登壇者によるパネルディスカッションの後半のようすをお伝えする。

<パネラー>
・株式会社アスキー 創業者、学校法人須磨学園 学長:西和彦氏
・京都大学・宮崎大学 名誉教授、一般社団法人ライフデータイニシアティブ(LDI)代表理事:吉原博幸氏
・日本医師会ORCA管理機構 代表取締役社長:上野智明氏
・電子カルテ「NOA」開発者、「CLIUS」技術顧問:大橋克洋氏

<モデレーター>
株式会社Donuts 代表取締役:西村啓成氏
目次
  1. 『デジタルボディ計測計画』で、診療科を超えた医療サービスの提供が可能に
  2. ORCAクラウドの課題は「APIをどこまで作り込めるか」
  3. これからの電子カルテメーカーに求められる「標準化」とは
  4. 医療等分野における識別子(ID)」の必要性と、個人情報保護法 遵守のジレンマ
  5. オープンな医療ITの実現は「医療等IDの整備」と「医療データの活用」が鍵

『デジタルボディ計測計画』で、診療科を超えた医療サービスの提供が可能に

西村
吉原先生の『千年カルテ』には、西さんが研究されている『デジタルボディ計測計画』で集めたデータを収容する構想はあるんでしょうか?

デジタルボディ計測計画
西和彦氏が推進しているプロジェクト。MRI(やCT)を使って、定期的に人体を1ミリスライスでデジタイズして記録する。年に1度のペースで行うことで、その人の基本的なデータが分かり、蓄積されたデータの比較や、それらをもとにAIによる診断が可能になる研究。
血液検査や放射線の検査、カルテに記載する初見の記録と同じように「カルテのメインデータとして『デジタルボディ』が面白いのでは」と西氏は語っている。

吉原
それは無茶振りな質問ですね(笑)。広い意味での『千年カルテ』の中では、ゲノム、動画像も含みますのであると思いますよ。
西
デジタルボディが容易に実行できるようになったら、医師の見落としも減ると思うんですよ!

過去に10年以上喘息だった人がいるんですけど、発作の原因は不明でした。それで全身のCTをとってデジタルボディ化させてみると、CRP値が高く、親知らずが4本とも虫歯で、腐っていたんです。
「これだ!」と気づいて、親知らずを4本抜いたら咳がピタッと止みました。

まぁ、その喘息患者っていうのは僕なんですけど(笑)。
株式会社アスキー 創業者、学校法人須磨学園 学長:西和彦氏
株式会社アスキー 創業者、学校法人須磨学園 学長:西和彦氏
西
この僕の例でいうと、歯科と呼吸器科は違うから、症状と要因の結びつきがされにくかった。しかし、デジタルボディなら、専門分野を超えてデータも知識もつなぐことができる。見落としや、診療の長期化を防ぐ可能性があるわけです。
西村
今後の課題はありますか?
西
定期的に全身のデータを提供してくれるモニターの確保ですね。今は正直、お金で釣りながらデータを集めています。
頭の先からつま先まで撮られることにメリットがある、とまではまだ理解されにくいところがあります。

ORCAクラウドの課題は「APIをどこまで作り込めるか」

話は、レセプトのクラウド化を推進している『ORCAプロジェクト』にまで及んだ。

西村
ORCAも、オープンソースによって「オープンな医療IT」を追求していますよね。

ORCAプロジェクト
2001年11月に日本医師会が公表した「日医IT化宣言」を受けてスタートした計画。全国の医師、医療関係機関が誰でも無料で使え、改良できる公開ソフトウェア(オープンソース)方式でレセプトソフトを配布。2015年に、公益法人である日本医師会は『ORCAプロジェクト』を切り出す形で日本医師会ORCA管理機構株式会社を設立。17年にはクラウド版『ORCA』の提供を開始。

上野
『ORCAプロジェクト』によって、オンプレORCAを長年無償で公開し続けていました。しかし、ICT化の進展で、レセプト以外にもさまざまなサービスが必要になってきました。

でも、すべて日本医師会の費用で賄うには無茶があります。事業継続を考えて、有料化することになりました。2017年にリリースしたクラウド版も有料化しています。この料金体系の変更は、医療従事者やORCAベンダーのみなさまに多大なるご迷惑をかけてしまいました。
西村
上野さんの今後の展望を伺いたいです。ORCAは一般的なインターフェースであり、将来的にはAPIを開放して、各電子カルテメーカーがレセコンをアレンジできるような未来を目指しているんでしょうか?
上野
これは大橋先生に15年ほど前から言われ続けていて、今7〜8割程度が一応実現できているかなと思っています。電子カルテメーカーさんがAPIでレセコンを呼び出し、使ってもらっている形です。
大橋
私は実はちょっと違っていて…。たしかに上野さんにいつも無茶振りしているんですけれども、今のORCAの画面のインターフェースはすごく気に入らないんですよね(笑)。
電子カルテ「NOA」開発者、「CLIUS」技術顧問:大橋克洋氏
電子カルテ「NOA」開発者、「CLIUS」技術顧問:大橋克洋氏
大橋
3回クリックする必要がある操作でも「ここは1回のクリックに改良できるのに!」と思うところがあります。だから、「APIだけもらえればこちらでインターフェースを作りますよ」と伝え続けているんです。
それが可能になれば、ORCAでは基本の画面だけ作っておいて、あとは電子カルテ側がアレンジしたインターフェースで使えるようになる。そういう世界がはやく来てほしいですね。
西村
電子カルテとレセコンがこれだけ密な関係なら、ORCAが電子カルテを作る可能性はないんですか?
上野
まずないですね。日本医師会の名前で作るとなると、全ての医師を満足させられる電子カルテを作らなければなりません。ターゲットが絞れないんです。やはり、診療科、診療スタイル、好みなどがバラバラな人たち全員を満足させられるカルテは作れない。
コンピューター好きの300人の医師が宴会しても、全員まったく違う意見を言うわけです。

だから、電子カルテの分野ではなく、レセプトとしてさまざまな電子カルテとの連携をしていきたいです。あとは、インターフェースの改善ですね。

これからの電子カルテメーカーに求められる「標準化」とは

西村
これからの電子カルテメーカーに望むものは何ですか?
上野
国が標準化に向けて動き始めている「FHIR(ファイア)」への対応でしょうか。EHRやPHR(Personal Health Record/個人健康記録)が普及してきている現在、スムーズな情報管理のために標準化は必須です。

これが当たり前になれば、色んな医療機関で受診した内容がスマホに自動的で入ってくる。自分の、そしてお子さんの健康管理もしやすくなりますよね。

ただ、これを推進するには、例えば「FHIRに対応した電子カルテメーカーには補助金を出す」といった国からの支援があるといいですね。

医療等分野における識別子(ID)」の必要性と、個人情報保護法 遵守のジレンマ

『千年カルテ』のようなEHRシステムが構築されつつある状況下において、吉原氏は日本における「医療等分野における識別子(ID)」(以下、医療等ID)整備の重要性を強調する。

吉原
例えば僕が、A病院、B病院、C病院、3つの医療機関を受診していたとします。その識別子は全部、別々の診察券番号なんです。だから、私が「千年カルテですべての病院の診療履歴を見たい」と言わないかぎり名寄せができない。別の人として扱われたままになってしまいます。

個人情報保護法の規定上、EHR側は勝手に名寄せしてはいけないんです。
※参考:個人情報の保護に関する法律(平成15年5月30日法律第57号)

でも、医療等IDが発行されたら、診察券番号ではなく医療等IDで一元化できる。異なる病院の診療歴も自動で紐付けされるから、患者から名寄せの依頼、EHR側での名寄せの作業が不要になり、患者がすべての診療歴を自由に確認できるわけです。
西村
今、名寄せに必要な要素は何ですか?
吉原
氏名、フリガナ、生年月日、性別です。この4要素だけで、別の人間が該当する人ことはまずないです。ただ、万が一のことがあってはいけないので、その上で目視確認をしています。

この作業が、医療等IDが付与されればいらなくなるんですよね。
西村
医療等IDは、マイナンバーとは別の扱いということですよね?
吉原
これについても私は言いたいことがありまして…。まず現在、マイナンバーそのものは一切使ってはいけない仕組みになっているんですよ。

どういうことかというと、マイナンバーから一方向関数で振りだした別の番号をサービスごとに作る。例えば納税者番号も、マイナンバーそのものではなく、マイナンバーから導出された番号を新たに作ります。医療もそうすればいいと思ったんですけど、色々な人が反対して、マイナンバーから振り出す番号ではない医療等IDが作られようとしています。
それがなんと、保険証番号なんですよ。
※参考:厚生労働省「医療等分野における識別⼦(ID)
西村
保険証番号って、変化しますよね。
吉原
結婚等でも変わるし、転職のたびにも変わります。その変化も一個ずつ紐づけていくと、自分のカルテが見られるようになる…と。

しかもその番号の管理も、国は「やらない」って言っているんですよ。障壁が多すぎます…!
西村
上野さんはこの辺ご存知ですか?
上野
はい。仕組みのことを話すと、1億2000万個の、マイナンバーから導き出した問い合わせ番号のセットを、税務署や市役所等でそれぞれ持っているわけですよね。で、どこか一箇所からその番号が漏れても、マイナンバー本体は漏れない仕組みになっているんです。
マイナンバーを使って名寄せが簡単にできたとすると、例えばえらい人の深刻な健康状態が漏れて、お金が借りられなくなるといった事態につながりかねない。ということがあり、日本医師会は医療分野専用の番号で管理することを主張したんです。

当時は他の解決案もいくつかあったんですが、予算の都合でダメになってしまいましたね。
日本医師会ORCA管理機構 代表取締役社長:上野智明氏
日本医師会ORCA管理機構 代表取締役社長:上野智明氏
吉原
とにかく医療等IDは欲しいです。今のままだと余計な仕事が増える上に、チェックのミスもゼロではないですから。
上野
とはいえ無保険の、保険証がない人の記録をどうするのかという問題もあります。こういった検討がまだまだ必要そうです。
西村
日本における医療等IDの課題はまだまだ多いですが、海外の状況はどうなんですか?
吉原
全部網羅はしていないですが、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポールあたりはEHRやPHRが進んでいます。いずれの国も、医療等IDを発行して管理しているという共通点があります。

ただ、もちろんハッキングされることもゼロではありません。でも、それは個人の管理の問題です。みなさんも、クレジットカードや銀行のカードは個人の責任のもとで管理されている。

オープンな医療ITの実現は「医療等IDの整備」と「医療データの活用」が鍵

オープンな医療ITを追求していくために、パネラーそれぞれが持っている課題を話し、当パネルディスカッションは締めくくられた。

株式会社Donuts主催、医療クラウドセミナーの会場のようす
大橋
やはり医療等IDの問題は当面あるでしょうね。セキュリティー面ばかり考えて複雑な制度を作ってしまうよりは、オープンにしてしまう。そして、問題あればその都度直していく方が効率はいいと思います。
上野
医療分野のIDについては、私も必要だと思います。これについてはどこの国も、プライバシー面での議論が巻き起こり、制度がガラガラポンされた(白紙に戻った)後にようやく定着するという過程を経ているので、日本もそうなるのではないかと思います。
吉原
私もやはり、マイナンバーや、それをもとにした番号の発行に注視しています。とにかく今検討されている「保険証番号」は一生のうちにどれだけ変わるかわかりません。一人につき過去の保険証番号が10個あるとしたら、日本国民の10〜15億のデータを管理する必要がある。
そこに対して日本国中の医療機関から「この人の保険証番号は最新のものですか?」といった問い合わせが来るわけです。考えただけでゾッとします。
もっとシンプルに管理できる番号を作ってもらいたいです。
西
僕は医療業界の人ではないから、外から見たお話をしたいです。約10年前ぐらいに「マルチメディア」が話題になってましたよね。
どういうことかというと、音楽や本、映画をはじめとするメディア・コンテンツが全部デジタル化し、ネットワーク上でそれらが売り買いされるようになると言いました。そして支払いも現金からデジタルになった。
これらをまとめた言葉だと思うんです。

では、医療業界で全部がデジタルになるとどうなるのか。
デジタル化された医療情報を使って何をするのか、という課題があると思います。情報を上手に使うことで、今ある病気を治すことや、病気になる前の未病に先手を打つことに繋がると思います。

そのためには、個人個人が情報を正しく使うための知識も必要です。例えばお腹が痛くなってから病院に行くのではなく、そうなる前に、情報を見て病院に行く判断ができるよう教育する。今の保健の授業は「雨で外の体育ができない代わりの授業」ぐらいの扱いなので、そういう教育に改善する余地はありそうです。
須磨学園では怪我や病気が大ごとになる前のルール作りを意識しています。より医療を上手に扱える教育ができたらいいですね。

CLIUS(クリアス )